産前産後うつを乗り越えて〜利用者から運営へ!
みんなで子どもを育てる環境づくり〜

今回は3年ボランティアとして関わり、2023年7月から正式にらいおんはーとのスタッフとして働くようになった、
一児のシングルマザー佐藤すずみさん(40代)のお話です。
らいおんはーとでは、運営から広報までマルチにこなし、みんなから「掃除番長」としても親しまれているすずみさんが、
スタッフとして働くまでにどのような経緯があったのかお伺いします。

大きなお腹を抱え、何度も川に飛び込もうと

— — : 現在、らいおんはーとでマルチな活躍を見せるすずみさんが、うつ病を患って、死も考えていたというお話に驚きました。
うつ病を発症するまでの経緯を教えていただけますか?

すずみさん:もともと人と話すことが大好きで、仕事にも全力投球してきました。仕事が順風満帆でも、その当時の夫とは、生活がすれ違い、どんどん冷え切った関係になっていきました。子どももなかなか授からなくて、不妊治療も経験しました。
結局、お互いが仕事や家庭の外に逃げるようになって、分かり合えるはずもなく、9年で離婚しました。

— — : 離婚後に出会った方が、お子さんのお父さんになる方ですか?

すずみさん:そうです。その方と、結婚を前提に一緒に住み始めましたが、趣味や食事の好み、価値観、金銭感覚が、一緒に生活していてズレていることに気づきました。そんな中で、妊娠が分かったんです。
不妊治療をしてまで欲しいと思っていたのに、この時は、全く喜べなくて将来の不安が先行していました。
「うそでしょ。どうしよう。」と絶望しましたね。産まないことも検討しましたが、家族と話し合って、産むと決めました。
その当時、私自身あんなに好きだった仕事をしていなかったこともあって、不安ばかりが頭をよぎり、どんどん気持ちが落ちていきました。
同棲相手ともうまくいかず、家にいたら言い合いやケンカになって出ていく。私も彼を怒らせないように、部屋の隅で過ごしていたり、顔を合わせたくなくて大きいお腹を抱え、深夜まで2,3時間街中を徘徊したり「川に飛び込もうか」と何度も思いました。
臨月も近くなったころ、いよいよ彼を信用できない事が起こり、別れを決意しました。

「あなたはひとりじゃない」の言葉に救われた

— — : らいおんはーと(LH)との出会いを教えてください

すずみさん :出産前から心の不調がずっと続いていて、うつ病と診断されました。
妊娠中、出産後もどうしたら死ねるかと考え、未婚のシングルマザーになった事を後悔する日々でしたが、子どもを授かったことで死ねない、と思い悩む時期でした。

LHに初めて来たのは、息子が9か月くらいの頃だったと思います。
仕事がない私が「なんとか息子だけでも食べさせてあげないといけない」と思いながら、街を歩いていました。
ふと見つけたLHの看板に、電話番号が書かれていました。子ども食堂だったら、ごはんを食べさせてもらえるかもと、藁にもすがる思いで、電話しました。及川理事長が電話に出てくれて、下にいることを伝えたら、「今すぐあがっておいで。」と言ってくださったんです。

— — : その時のことをもう少し詳しく教えていただけますか?

すずみさん : 産後でぼろぼろ、身だしなみに気を使う事にも余裕がなかった私が、乳飲み子連れて、いきなり行ったんですから、みなさんさぞ驚かれたと思います。実際にその場にいた子どもは「ヤッバい人来た!」と思ったそうです(笑)。
及川理事長が、そんな私の話を聞いた後に
「あなたはひとりじゃないですよ。みんなで育てていきましょう」と優しく仏の様に言ってくれたんです。
一筋の光が差すって、このことですね。
「私は、ひとりじゃないんだ、誰かに頼ってもいいんだ」と、うつから抜け出す入り口が開いたような感覚がありました。

そこから週1回、LHの子ども食堂「ぬくぬく」に通うようになりました。ぬくぬくに来ている子どもたちと接し、ご飯を食べたり、イラストを描いたり、子どもたちが息子のお世話をして遊んでくれるので、気持ちがすごく楽になりました。

無意識に髪をゴッソリ抜いてしまう...うつ病再発の恐怖


— — : 週1回LHの子ども食堂「ぬくぬく」に通うようになって、そこからお仕事を再開したんですね。

すずみさん : そうです。新しい仕事を始めました。IT企業の法人営業です。成績も常に上位で、収入も上がりました。
リモートワークを推奨している会社で出社しなくても良かったのですが、誰かとコミュニケーションを取りたくて、「ぬくぬく」の一角を「オフィス代わりに使わせて下さい」とお願いし、週5で常駐する様になりました(笑)。
仕事を続けていくと、周りの優秀な同僚へのコンプレックスや、毎月の売上達成へのプレッシャーから、自分の髪の毛をゴッソリ抜いて、ストレス発散するようになりました。
このままでは、またうつ病を発症するかもと、どんどん不安になってきました。その当時、子どもを叩いたり怒鳴ったりも多くなっていました。

そんな髪の毛を抜いていたところを、及川理事長に見つかってしまったんです。

— — : その時の及川理事長の反応は、覚えてますか?

すずみさん : すごく驚いてましたね。「またうつ病になっちゃうよ!」と心配されました。そんな私を見て「あなたが安心できて活躍できそうな、LHで働きますか?」と言っていただきました。
このままじゃ息子にも良くないと、スタッフになる事を決めました。

ひとりで子どもを育てる生活は、金銭面で苦しい時もあります。でも、LHで働くことで、仕事のストレスはなくなりました。
ずっと一緒に過ごしてきた子どもたちや、らいおんはーとの理事の方と一緒に仕事ができることは、何事にもかえがたいです。

ぬくぬくで働くようになって、気づいた子ども食堂の在りかた

— — : らいおんはーとに来る前、来てから、そして利用者から働くようになって【子ども食堂】の印象がどのように変化していったか教えていただけますか?

すずみさん : 最初に行ったのも、子ども食堂だったら、ご飯を無償もしくは安く食べさせてもらえるからと思ったからです。
それ以外の知識は何もなかったですね。
ぬくぬくで過ごしてみて「単なる子ども食堂ではないな」と思いました。
ご飯を食べた後も、みんなで息子のお世話をして、遊んでくれました。幅広い年齢の子たちが、ふれあって関係性を築いていました。
関わっている大人もたくさんいました。食事を提供して、終わりなんて場所じゃなかった。

さらにぬくぬくでは、毎月の子どもの誕生日会、社会科見学や体験学習、釣り、ダンス、PC教室なんかもさせてもらえるんです。
大人向けに資産運用(NISA)、育児、体のケア教室なども開催しています。
平日の塾などに加えてフードバンク、パントリー、親子の就労や進学支援も行っています。本当に活動は多岐にわたります。

今年の7月にスタッフになるまで3年間ボランティアとして、らいおんはーとに関わってきました。
両親がいても育児放棄や虐待を受けている子、不登校になり引きこもりがちの子。 来ている子どもたちのバックグランドはそれぞれです。
そういった子ども達に周りの大人が愛情を注ぐことで、子ども達が立ち上がって復帰していく姿を見てきました。私は、そんな子ども達に寄り添っていきたいと思っています。
ぬくぬくに来る子ども達も、自分の子と同じように可愛く、愛しています。家族と同じ存在です。

らいおんはーとでの私のミッション「みんなで子どもを育てよう!」

— — : 最後にすずみさんが、これかららいおんはーとでやりたいことを教えてください

すずみさん : 及川理事長は、頭の中で色々なことを考えています。
私はその考えを、もっと分かりやすい形で言語化し見える化してインターネットや講演活動で広めたいと思っています。

今、全国に子ども食堂は、7000箇所以上あると言われています。でも週1回、月1回開催しているところが多いです。
「ぬくぬく」のように365日毎日やっているのは、珍しいです。コロナ渦でも、及川理事長が個別訪問をして続けてきました。毎日やっているからこそ、意味がある」と及川理事長は仰っています。
私もそこにはすごく共感していて、これからも続けていくことが大事だと感じています。
また「子ども食堂=貧困」というイメージが社会的にあるので、率先してLHがそのイメージを払拭していきたいと思っています。

スタッフになったことで、利用者の悩みを聞く機会が以前よりも増えてきて、解決の糸口になるようなことを提供できればと、
当事者意識が強くなりました
。自分のようなうつ病や育児で悩んだママさんたちを応援したいと思っています!

LHの活動を継続、拡大していくには、私たちの理念や活動に賛同いただき、応援してくれる方、支援してくれる方、一緒にやってくれる仲間を増やしていくことが必要です。私のこれからのやりたいことでありミッションでもあり、私の恩返しの方法です。

核家族化、地域交流も少なくなっている中、「みんなで子どもを育て、輝かしい未来」を作っていきたいです!
ぜひお気軽にいらっしゃって下さいね🎵お待ちしています!

— — : 貴重なお話をありがとうございました。
今後のすずみさんのらいおんはーとでのご活躍が楽しみですね!!